経営者にとって必要な計数感覚とは
事業経営に関する広くて深い計数分野の中で、経営者にとって必要だと思われる最低限の基礎知識は何でしょうか。経営者にまず必要なことは、自社の事業を継続していくことですが、それを円滑に遂行していくために不可欠な計数面での基礎知識を敢えて絞れば資金繰りと業績確認です。
即ち、経営者にとって必要不可欠な計数感覚とは、以下の2つです。
①破綻すると倒産に直結する資金繰りに齟齬はないかという企業存続の前提条件である資金繰りと資金管理に関する基礎知識
②毎日努力している商売・事業に関して、最終的に儲かって利益は出ているのかという売上とコスト(原価と費用)に関する基礎知識
その上で、出来れば、
今後の経営戦略を基礎づける中期事業計画(⇒コロナ禍の現下では企業存続を最優先した緊急の資金対策と事業見直しが不可欠です)を検討する際に必要となる損益分岐点分析の基本があると心強いです。
なので、経理・会計の基礎分野をなす複式簿記や仕訳に関する専門知識は、経営者にとって最優先のものではないということです。”経営者が最優先すべきは、①商売・事業を立ち上げて、②社員を動かしてお客様を満足させながら、③利益を継続的に出して企業・事業を存続させていくことです”。言葉にすればたった2行のことですが、顧客や社員など相手があって経営者の一存では思い通りに行かない現場で実際に事業を継続・存続していくことがいかに大変なことであるかは「お釈迦様に説法」だと思います。
確かに複式簿記や仕訳は、会社の経理担当者や専門の会計人(公認会計士・税理士、会計事務所の職員)には当然に不可欠ですし、経営者がそれを知らないよりは多少なりとも知っている方が良いとは思います。しかし、毎日の商売・事業の実務や管理や経営に追われている経営者にとって、複式簿記や仕訳の基礎知識は最優先事項でも優先課題でもありません。簿記・会計の専門分野や細かい実務は我々会計人に任して、経営者は苦労・困難の多い経営に専念すべきだと思います。なお、経営者は本来何をなするべきかという「経営者の役割」については以前に発行した『経営の羅針盤』の第1章第5節で述べました。
経営と会計の関係についでは、稲森和夫氏の『稲森和夫の実学~経営と会計』(1998年)にそのものズバリの指摘があります。即ち「経営を飛行機の操縦に例えるならば、会計データは経営のコックピットにある計器盤に相当する。計器は経営者たる機長に、刻々と変わる機体の高度、速度、姿勢、方向を正確かつ即時に示すことができなくてはならない」。「中小企業が健全に成長していくためには、経営の状態を一目瞭然に示し、かつ、経営者の意志を徹底できる会計システムを構築しなくてはならない」(同書40~41頁)。ここで言う計数感覚を稲盛の言葉に即して言うと、”機長である経営者が自ら操縦する飛行機(企業)を目的地まで事故なく運航するため、計器盤に相当する会計数値を必要な時に<迅速に>必要な分だけ読み取れる基礎知識と判断できるスキル・センス”のことです。
なお、「会計センス」も計数感覚と同じ意味です。「ファイナンス思考」は短期的な損益(Profit & Loss)の増減に一喜一憂する「損益思考」ではなく、会社の企業価値を最大化するために、長期的な戦略に基づいてキャッシュフロー(Cash Flow、現金の出入り・流れを意味します)を重視した姿勢を言います。
参考文献: 稲森和夫『稲森和夫の実学~経営と会計』(1998年)
渋谷事務所
多田恵一