介護老人福祉施設の大規模修繕問題
全国の社会福祉法人のうち、設立から15年超経過している法人、つまり建物附属設備の耐用年数を経過している法人は84%以上占めています。近い将来、大規模修繕を必要とする施設が増加するであろうことが推測されますが、その一方で、その原資となる資金は平均額で約3億円とされており、果たしてこの資金で足りるのか、どう乗り切るか、重要検討課題にされている施設も多いのではないでしょうか。
総務省が公表している「公共施設及びインフラ資産の将来の更新費用の試算」では、高齢者福祉施設の大規模修繕の単価は20万円/㎡と試算しており、小規模な施設でも床面積は50床で2,500㎡程度あるでしょうから、先の資金3億円では大規模修繕費用を賄うことは困難です。
今は資金が足りないが、将来に備えて資金をプールしてはどうか。それも必要でしょう。しかし、高齢者福祉事業の基幹である介護老人福祉施設の経営は、ここ近年の介護報酬の引き下げや職員の採用難等によって厳しい状況が続いています。厚生労働省によれば直近の特別養護老人ホームの収支差率は1.6%であり、収益6億円の施設でも利益が1千万円に満たないのです。大規模修繕の資金不足問題はどこにあるのでしょうか。今回はこの問題点について、次の方法で考察してみます。
1、介護老人福祉施設の事業を細分化し下記の3つに分類します。
(1) 食事部門
(2) 居住部門
(3) 介護部門
2、各部門の収益・費用の金額を確認し、各部門が赤字になっていないか検証します。
(1) 食事部門
収益:ご利用者からいただく食費+特定入所者介護サービス費用
費用:食材料費+調理に係る人件費+調理に係る光熱水費+調理器具更新コスト
(2) 居住部門(従来型多床室の場合を例としています。)
収益:ご利用者からいただく居住費+特定入所者介護サービス費
費用:ご利用者の生活に係る水光熱費+修繕費+建物保守費用+将来の大規模修繕コスト+(建物に係る減価償却費-建物に係る国庫補助金等特別積立金取崩額)
(3) 介護部門
収益:上記②、③以外の収益
費用:上記②、③以外の費用
3、上記検証結果の考察
多くの施設では(1)の食事部門が赤字になる傾向があります。
食費の収益は基準費用額が1,445円と決められていますが、この金額よりも費用が上回ることが多いためです。原因としては最低賃金の上昇、人材不足からなる採用コストの増加、光熱費の高騰等があげられます。
(2)の居住部門はどうでしょうか。居住の収益は、従来型多床室の場合、基準費用額が855円とされています。将来発生する修繕費用がこの基準費用額に含まれ、これを原資に積立資産にプールすることが可能です。しかし、将来発生する修繕費用は855円の基準費用額では足りない場合もあります。この将来の修繕費用を含めた居住部門の全費用が、収益を上回っている場合赤字と捉える必要があります。
いかがでしょうか。皆様の施設では食事部門・居住部門は赤字になっていませんか?食事の事業、居住の事業、赤字であれば収益を設定すれば利益が出るではないか。そう思われるかもしれません。しかし、費用を上回る金額に収益を設定したとしても、第1段階から第3段階のご利用者に係る収益は基準費用額までしか得られません。設定した収益が得られるのは第4段階のご利用者だけです。基準費用額より費用が上回ること、第4段階のご利用者が多くないこと、の条件が揃えばこの部門の赤字が確定です。多くの施設がこの条件に当てはまるのではないでしょうか。
令和3年度介護報酬で食費の基準費用額が1,392円から1,445円に改定されました。居住費の基準費用額は855円で据え置きです。果たしてこの金額で採算が合うでしょうか。食費・居住費の収益単価設定に基準費用額が足かせになっています。厚生労働省が行う経営実態調査も細分化して検討していただくことを願います。
参考資料
独立行政法人福祉医療機構「社会福祉法人の現況報告書等の集約結果(2021年版)」
厚生労働省「介護事業経営実態調査」
横浜青葉事務所
畠山 安定