オーナー経営者の承継対策はなぜ後手に回るのか?
資本と経営が一体であるオーナー経営(同族会社)にとって、経営者の交代は一大事です。
というより、最大の経営リスクです。
ところが、経営者の交代を核とする事業承継対策に、計画的に取り組んでいる中小企業はごく一部です。
なぜオーナー経営では、約30年ごとに必ずある事業承継がうまく進まないのでしょうか?
経営者家族における少子化という一般的・合理的な理由が根底にありますが、
後継者不足という困難があるのなら、なおさら意識的に早めに取り組む必要があります。
ご高齢の経営者は、取引金融機関や会計事務所などから、
「事業承継や後継者はどうなっていますか?」と聞かれることが多いと思います。
一番イヤで不愉快な質問だと思いますが、聞く方もかなり遠慮しながら聞いていますのでご理解ください。
人間の寿命に限りがあることは誰でも理解していますが、
強い自負心をお持ちのオーナー経営者は「自分はまだまだ死なないし、
あと10年、20年くらいは大丈夫だ」と思っているケースが多いものです。
オーナー経営者が、事業承継について頭で分かっていても、
実際にはなかなか実行に至らない根本的な理由は、以下の通りです。
1、事業承継はオーナー経営者の自然死という、本人にとって一番不愉快な事態を想定した課題であること。
「縁起の悪いことは言ってはいけない」との心性を奥深くに持つ日本人にとって、
一番縁起の悪い自分の死を前提とした対応を考えること自体に心理的な抵抗感が強いことです。
これこそが、頭で分かっていても踏み出す決心ができない最大の心理的阻害要因です。
まだピンとこない方もおられると思うので、改めて説明します。
日本人は無宗教と言われますが、意識をするしないにかかわらず、
心の奥底にはいわゆる「神道」があります。神道の特徴の一つが、
「縁起の良いことを言えば、その良いことが実現する」、
逆に言えば、「縁起の悪いことは(言うと実現してしまうので)言ってはいけない」という言霊(ことだま)信仰です。
合理的・科学的な思考法が当たり前の現在でも、ほとんどの日本人は、無自覚ながらこの信仰を持っています。
例えば、会社の営業目標を決める会議で、無理な(?)売上目標が提示された場合に、
営業部門が計画の無理を指摘しようとしても、「やってもいないのに、できない言い訳をしている」
と受け取られてしまうケースが多く、顧客のニーズ変化や競合相手の出方を冷静に分析して、
自社の目標達成に役立つ作戦や手段を具体的に議論する本当の意味の営業会議になりません。
また、太平洋戦争開戦直前の最高指導機関だった「大本営政府連絡会議(御前会議)」で、
日中戦争が泥沼化する中、対米開戦する無理を参加者の多くが分かっていながら、
「対米開戦をすると日本が負ける危険性が高い」と客観的な真理を言えなかったことに表れています。
更に、東京電力福島第一原発事故の前の「原発村」も同様に、
「大津波が来たら危ない」という真っ当な意見は結果的に無視されました。
地震、火山の噴火や台風など、自然災害の多い日本列島で生きてきた我々日本人は
「縁起の悪いことは言ってはいけない」→「縁起の悪いことは考えない」という言霊信仰を持ち、
合理的な危機管理が苦手です。
そのため、「常に危機意識を持つ」(経済誌の業界では悲観的なテーマを特集にするとよく売れると言われています)
と同時に「自然災害や大きな外圧には逆らわず従容と受け入れる」という姿勢で対応してきたように思います。
その限界は近年の自然災害で露わになりました。
2、経営環境が厳しい中で、後継者を指名することに「ためらい」があること
同族内に後継者がいる最も自然な「親族内承継」を想定した場合であっても、
少子化の進展で直系の後継者が少ないケースが多く、同族内に後継者がいた場合でも、
本人が継ぐかどうかについて本格的に話し合っていないケースも少なくありません。
教育投資の効果が効きすぎると、息子が難関資格者(医師・弁護士等)や大企業のエリート社員になって継がなくなるケースが増えます。
逆に投資効果がほとんどない場合でも落胆する必要はありません。
学歴と経営者の資質にはほとんど関係がないため、人並みの学歴がなくても、
真面目で他人の気持ちが分かる人であれば、経営者に向く可能性が高いと思います。
3、同族内に後継者がいない場合には、非同族社員への「親族外承継」や「会社売却(M&A)」、
さらには、事業承継を断念して「廃業」を検討する必要がありますが、
信頼できる相談相手や専門家がおらず、実務面が面倒で費用もかかること。
親族内承継をする場合でも、自社株の原則評価額の高い会社は専門家のアドバイスが必要です。
下記④の場合を含めて、承継対策の検討がとにかく面倒なことが、実務面での阻害要因といえます。
4、また、代々承継してきた地主や老舗企業(→従来通りの節税対策でも可)を除いて、
初代及び夫婦2人で財産を築いた場合には、
「子への承継」を全面に出した二次相続まで想定した節税対策ばかりを指導する税理士に対して、違和感を持つケースです。
1代で財産を築いた方の中には「子への承継」よりも「妻の生活保障と立場の確保」を優先する「妻への相続」を主体に考えている場合もあり、
節税を優先する専門家との方向性が異なるため具体的に相談することを躊躇ってしまうことです。
5、仮に、オーナー経営者に対して進言できる幹部社員等がいたとしても、
同族会社の後継者や自社株の承継対策という問題は、他の問題領域とは異なり、
通常はオーナー経営者の専管事項であり、奥様以外の関係者が発言できる雰囲気がないこと。
後継予定者の息子がいる場合ですら、息子から父親に対して社長交代の時期や自社株の承継対策について直接聞くことは難しいのが実情です。
息子が勇気を出して直接相談しようとしても、父親が「息子が会社を乗っ取ろうとしている」などと、
とんでもない勘違いをしてしまう笑えないケースもあります。
6、一番最悪なのは、高齢のオーナー経営者が承継対策を何もせずに急死しまうケースです。
後継者を指名していない場合は、経営に混乱をもたらすリスクが高まります。
ただでさえ厳しさの増す経営環境下にあって、経営者不在のリスクは致命的です。
また、自社株の承継対策をしていない場合で、仮に自社株の原則評価額が高ければ、
それだけで大変な苦労を強いられることになります。
以上を踏まえ、2つの点で対応が求められます。
7、人間は必ず死ぬという当たり前の冷厳な事実を素直に受け入れて
(言霊信仰を自覚し、合理的に対応する覚悟をする)、心理面の壁を乗り越える。
8、顧問税理士など見近に相談できる専門家を探して相談し、実務面の壁を乗り越える。
コンパッソ税理士法人
シニアコンサルタント
多田 恵一