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複式簿記の誕生と普及した時代背景

(1).複式簿記の誕生

企業の財務体質(B/S)と収益・業績(P/L)を表す決算書(財務諸表)の基礎をなす簿記方法には、15世紀の「大航海時代」の初期に発明された複式簿記があります。複式簿記は地中海貿易が盛んな中世イタリアに生まれた牧師兼数学者のルカ・パチョーリが1494年に出版した数学書『スンマ(全書)』における記述を嚆矢とします。但し、その該当箇所<第1部・第9編・第11論説「勘定と記帳」>は、全体で600頁のうちわずか30頁足らずです。なお、『スンマ(全書)』の出版より36年早い1458年にイタリアのコトルリが『商業および完全な商人』の中で複式簿記を記述していましたが、当時は出版されませんでした(同書の出版は1573年)。

複式簿記では商業取引を貨幣表示する際に、取引の二面性に基づき、勘定科目と金額を結果(資金の運用/借方/左側)と原因(資金の調達/貸方/右側)について同時表記するもので、集計と検算が容易で正確性と網羅性に優れているため、株式会社制度の普及に伴い、ヨーロッパから世界中に広まり、今日では国際標準の会計方式になっています。

(2).複式簿記が普及した時代背景

複式簿記が誕生し普及した時代は近代西欧に向けたルネッサンスと宗教改革、経済の発展という明るい側面ばかりが強調される傾向にありますが、この時代は「大航海時代」と呼ばれる15世紀から17世紀半ばまで続いたヨーロッパ人(初期はポルトガルとスペインが中心)によるアフリカ・アジア・南北アメリカ大陸への大規模な航海が行われていた時代でもあります。日本史では戦国時代から江戸時代の前期に相当します。

イベリア半島からイスラム教勢力を駆逐した「レコンキスタ」(国土回復運動)が終了した勢いで、コルテス(アステカ王国を征服)やピサロ(インカ帝国を征服)に代表される「コンキスタドール」(征服者≒奴隷商人)が一獲千金を目的に世界各地に乗り出しました。ポルトガルによる1415年のアフリカ大陸北西岸にあるセウタ攻略を皮切りに、1492年のコロンブスによるアメリカ大陸の「発見」が有名です。それらの航海で「発見」された先では、キリスト教(カトリック系)の布教と貿易推進を建前にして、現実にはヨーロッパ人による野蛮な侵略(原住民の虐殺と奴隷化、財宝の収奪)と第二次世界大戦後まで続く植民地支配(占領)が展開されました。

大航海時代の意義は、①ヨーロッパ内での覇権争い(ポルトガル⇒スペイン「無敵艦隊」⇒オランダ「東インド会社」⇒イギリス「7つの海を支配するパクス・ブリタニカ」)と同時並行して、②ヨーロッパ勢の世界各地への侵略・進出が展開し、世界史における最初のグローバル化は極めていびつな形で進み、旧世界と新世界(南北アメリカ大陸、アフリカ大陸南部、オセアニア)との間でいわゆる「コロンブスの交換」<下記参照>が進展しました。更に、③世界中の富を集積したヨーロッパ諸国(中核)が豊かになる一方で、ヨーロッパ以外の地域(周辺・半周辺)が植民地化又は原材料供給地化され(中核と比較して)相対的に貧困化する「近代世界システム」が形成されました。また、④ヨーロッパ内では、私有財産権を持つ市民(ブルジョアジー)が出資・組織する株式会社が絶対王政の重商主義政策の下で資本蓄積を進め市場経済を形成し、市民革命を経た近代国民国家と産業革命を経た近代資本主義経済が時間差を伴いながらも並行して確立した処にあります。

「コロンブスの交換」とは、ヨーロッパ人主導で旧世界と新世界との間でヒトとモノ(産品)が「交換」(移住・移民・拉致と移植・貿易)されたことを指します。①ヒトでは、1)ヨーロッパ人の新世界への移住・移民が進んだだけでなく、2)アフリカ大陸北部の黒人が南北アメリカ大陸へ強制移住させられて、主にプランテーション農業等で奴隷として重労働で酷使されました。更に、3)侵略・移住したヨーロッパ人から新世界へ持ち込まれた感染症(天然痘、麻疹、インフルエンザ、発疹チフス、ジフテリア等)によりネイティブアメリカンの人口が激減しました。なお、新世界から旧世界へ持ち込まれた有名な感染症は梅毒です。

②モノでは、1)新世界から旧世界へ移植されたものは、ジャガイモ、サツマイモ、トウモロコシ、トマト、タバコ、ゴムの木、ピーナッツ、カカオ等。2)旧世界から新世界へ移植されたものは、米、小麦、サトウキビ(⇒ブラジル等での砂糖プランテーション)、バナナ、レモン、オレンジ、コーヒー、鶏などでした。また、3)ポルトガルによる西アフリカからの金取得とスペインによる南アメリカ大陸からの銀取得(ボリビアのポトシ銀山が有名)に代表される金銀等の貴金属が宗主国に集中し準世界貨幣となりスペイン等の世界覇権を支えました。

なお、オランダの「東インド会社」に始まる株式会社とは細分化された社員権(出資証券たる株式)を有する株主から広く資金を調達して、株主から委任を受けた経営者が事業を行いその利益を株主に配当する、「法人格」を持つ会社形態の一つで、営利を目的とする社団法人です。株式の譲渡制限のない「公開会社」(上場会社や大会社)では、①法人格、②出資者(株主)の有限責任、③持分の自由譲渡、④所有と経営の分離、⑤出資者(株主)による所有の5つが特徴です。未上場の中小企業では所有と経営が一体となった同族経営(ファミリービジネス)が多く、その場合には③と④が異なります。

参考文献:田中靖浩『会計の世界史 イタリア、イギリス、アメリカ-500年の物語』(2018年)
ジェイコブ・ソール『帳簿の世界史』(単行本2015年、文庫本2018年)
片岡泰彦「複式簿記起源論再考」(『大東文化大学経済論集』第110-3号、2018年9月)
イマニュエル・ウォーラーステイン『近代世界システム』Ⅰ~Ⅳ(原著1974年、最新翻訳2013年)

渋谷事務所
多田恵一

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