米百俵の精神

 この度の東日本大震災からの1日も早い復興を心よりお祈り申しあげるとともに、コンパッソグループも全力でご支援致します。

米百俵』・・・この故事は、小泉純一郎元首相が所信演説で触れて有名になり、2001年の流行語にもなったので、ご存知の方も多いと思います。

長岡藩が誇る教育者『小林虎三郎』。
TBSドラマ「仁」にも出ていた「佐久間象山」の門下生で、象山に「天下、国家の政治を行う者は、吉田(松陰)であるが、わが子を託して教育してもらう者は小林のみであると」言わせるほど、虎三郎は教育者として秀でていました。

幕末維新、新政府軍と徹底交戦した長岡藩は、焼け野原となり、石高も大幅に減らされ、窮地に瀕してしまい、食べるものにも事欠く状態でした。
そんな窮状を知った三根山藩から米百俵が届きましたが、虎三郎はそれを分配せずに、先々のことを考え、米百俵をお金に換え、教育のために使いました。
その結果、後に長岡藩から、新生日本を背負う多くの人物が輩出されました。

しかしながら、今日食べることさえままならぬ状態だった藩士達にとって、寝耳に水であり、当然ながら反対の声が多く挙がりました。
そんな中、「米を渡せ!」と詰め寄った藩士達に、虎三郎は次のように言いました。

「この米を、一日か二日で食いつぶしてあとに何が残るのだ。国がおこるのも、ほろびるのも、まちが栄えるのも、衰えるのも、ことごとく人にある。……この百俵の米をもとにして、学校をたてたいのだ。この百俵は、今でこそただの百俵だが、後年には一万俵になるか、百万俵になるか、はかりしれないものがある。いや、米だわらなどでは、見つもれない尊いものになるのだ。その日ぐらしでは、長岡は立ちあがれないぞ。あたらしい日本はうまれないぞ。……」

目先の利益にとらわれることなく、ずっと先を見据えていた虎三郎の姿勢は、米百俵を何万倍もの価値にしました。

国家もしかり、企業もしかり。
先を見据えた上で、どう手を打つのか? どう戦略を立てるのか? どう「人財」を育てていくのか?
今の日本に、小林虎三郎から学ぶことが多い気がしてなりません。

詳しい説明は長岡市のHPに掲載されていますので、ご覧下さい。

渋谷事務所 三上吉昭

 

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