東芝の昔

現在、不正会計で混乱を招いている東芝ですが、この会社の前身である田中製造所の田中久重をご存じでしょうか。

田中久重は江戸時代独自の機械技術「からくり」で数々の画期的な発明を生み出した「からくり義右衛門」と呼ばれた人です。
田中久重は幼いころから才能を発揮し、20代になると各地にその名を知られるようになります。その後、
文字盤の間隔が全自動で動くなどの様々な仕掛けを施した万年自鳴鐘 万年時計
折りたたみ式の懐中燭台
圧縮空気により灯油を補給する灯明の無尽灯
国産では日本初の蒸気機関車及び蒸気船の模型を製造、
軍事面では反射炉の設計と大砲を製造、
モールス電信機の製作
にも成功しています。

75歳となった明治8年に東京京橋区(現在の銀座)に電信機関係の製作所・田中製造所を設立します。その後田中製造所は、養子の田中大吉(2代目久重)が引き継いで芝浦に移転し、株式会社芝浦製作所となります。後に東京電気株式会社と合併、東京芝浦電気株式会社となり、これが現在の東芝の基礎となりました。

高い志を持ち、創造のためには自らに妥協を許さなかった久重は、「知識は失敗より学ぶ。事を成就するには、志があり、忍耐があり、勇気があり、失敗があり、その後に、成就があるのである」との言葉を残しています。

失敗から学び、また日本の製造業として復活を期待したいと思います。

渋谷事務所  辻畑真成